vol.143

一語一行の重み
一般社団法人日本図書教材協会副会長
川野辺 敏

 最近の教育関係記事を読んでいると、横文字やキーワードが目立ち、うんざりさせられるのは年齢のせいだろうか。そんな情報過多の中で、高齢者の楽しみとして手当たり次第に本を読んでいると、同感したり考えさせられる文章があり、それらを発見すると嬉しくなる。鶴見俊輔の『思い出袋』の中に、日本文化を「恥の文化」とルース・ベネディクトが言っているが、東北の農村で暮らしていた作田啓一が生活体験感覚から「恥じらいの文化」と書いていることを取り上げ、その一言が重い意味を持っていると言っていたことにいたく感服したり、渡辺和子が若い女子大学生を前にして「置かれた場所で咲きなさい」と述べたという言葉に、同感したりしている。

 最近、とある偶然から手にした『ビブリア古書堂の事件手帖』の中で宮沢賢治の「永訣の朝」の「おまへがたべるこのふたわんのゆきに、わたくしはいまこころからいのる」の次の二行に「どうかこれが兜卒の天の食に変わつてやがてはおまへとみんなとに聖い資糧をもたらす〜」という表現があるが、初版本では「どうかこれが天上のアイスクリームになつて、おまへとみんなとに〜」(関根書店・大正13年)となっていたという記事を見て、わずか数文字の表現の修正が、どれほど人の心を揺り動かすものかと、思い知らされた。

 教材作成にあたる皆さんには、そんなゆとりはないに違いない。新学習指導要領の改訂の行方に気を取られ、「迅速・正確・適切」などへの対処に大わらわであることは当然であろう。しかし、急いで作成した教材をもう一度見つめ直し、一つの言葉と一行が、子どもや教師の心をつかむものになっているかという視点で再考してほしい。向田邦子の『夜中の薔薇』の中に「僧は敲く月下の門」という言葉が引用されていた。推敲を怠るなという中川一政の戒めらしい。

〜図書教材新報vol.143(平成29年3月発行)巻頭言より〜